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千葉地方裁判所 昭和37年(ワ)222号 判決 1963年5月17日

判   決

千葉市通町九三番地

原告

千葉商工信用組合

右代表者清算人

石川守忠

千葉市春日町一四番地

被告

渡辺良雄

右訴訟代理人弁護士

柴田睦夫

右当事者間の、昭和三七年(ワ)第二二二号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は、被告は、原告に対し、金二六七、九〇四円及びこれに対する昭和三一年四月一日からその支払済に至るまでの金一〇〇円について一日金七銭の割合による金員を支払わなければならない、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、中小企業等協同組合法に基いて設立された庶民金融を目的とする信用組合であつて、昭和三六年九月一日、千葉県知事の解散命令によつて、解散し、現在、清算中であり、被告は、昭和二九年六月二日、原告組合の組合長に就任した代表理事であつて、昭和三一年三月一一日まで在職し、その間、原告組合の業務一切を統轄して居たものである。

二、然るところ、被告が組合長として在職中、原告組合の理事兼営業部長であつた訴外宮内重孝は、原告組合の組合員である訴外高橋清一外十数名から原告組合に対する預金として交付を受けた合計金三〇五、八九五円を、職務上、保管中、勝手に、自己の用途に費消横領し、その為め、原告組合は、右と同額の損害を蒙るに至つた。

その後、右訴外人は、右損害に対する内入支払として、金三七、八九一円の支払を為したので、残額は、金二六七、九〇四円となつたのであるが、その余の支払を為さなかつたので、原告は、右訴外人に対し、右残額支払請求の訴(千葉地方裁判所昭和三四年(ワ)第一七五号事件)を提起し、同訴外人は、昭和三五年九月二日の口頭弁論に於て、原告の請求を認諾し、その旨調書に記載され、その後、原告は、之に基いて、右訴名人に対し、強制執行を為したのであるが、無資産の為め、執行不能となり、右認諾によつて確定した右損害賠償債権は、回収不能の債権となつたので、原足の蒙つた損害は、結局、右残額と同額のままで、残存して居るものである。

三、而して、組合長は、組合の業務全般について、善良なる管理者の注意を以て、その執行を為すべき義務があるのであるから、常時出勤し、重要書類、帳簿等は随時之を検閲調査し、特に、金銭の出入については厳重な注意を為し、以て、部下職員が不正な所為を為すことのない様に、十分に、監督を為すべき責任があるに拘らず、被告は、之を怠り、組合事務所には殆んど出勤せず、書類、帳簿などは全然検閲したことがなく、日常の業務の執行は、殆んど部下職員の為すままに委せて居たので、事務の処理は粗雑となり、業務の執行に対する規律は乱れ、その結果、部下職員中に多数の不正行為を為す者が生ずるに至つたのであるから、被告は、組合長として、その任務を怠つたものであると云わなければならないものであるところ、前記訴外人は、右不正行為者の一人であるから、同訴外人が前記不正行為を為すに至つたものは、被告が、その任務を怠つた結果によるものであつて、而も原告の蒙つた前記損害は、右訴外人の前記不正行為に基因するものであるから、原告の蒙つた右損害は、結局、被告がその任務を怠つた結果によつて生ずるに至つたものであると云わなければならないものである。従つて、被告は、前記組合法第三八条の二の規定によつて、右損害の賠償を為すべき義務のあるものである。

四、仍て、被告に対し、右損害金二六七、九〇四円及びこれに対する昭和三一年四月一日からその支払済に至るまでの金一〇〇円について一日金七銭の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告の主張を争い、

証拠(省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一、二項の事実は、孰れも、これを認める。

二、同第三項中、被告が、組合長として、その任務を怠つた事実のあることは、これを否認する。

三、仮に、被告に任務懈怠の事実があつたとしても、この事実と原告主張の損害が発生した事実との間には相当因果関係がないのであるから、被告に於て右損害の賠償を為すべき義務はない。

四、仮に、被告に右損害の賠償を為すべき義務があるとしても、被告は、昭和三一年二月中、当時在任した他の理事と共に、原告組合との間に於て、右訴外人を含む前記不正行為者の費消横領した金員は、理事等が、共同して、原告組合に対し、合計金一、五〇〇、〇〇〇円を支払うことによつて、その決済が為されたことによる旨の示談契約が成立したのであるから、これにより、被告の原告に対する右損害賠償の債務は消滅に帰して居る。従つて、被告は、原告の本訴請求に応ずべき義務はないものである。

と述べ、

証拠(省略)

理由

一、原告がその主張の組合であること、被告が、原告主張の期間、原告組合の組合長たる代表理事であつたこと、及び原告組合が、その理事兼営業部長であつた訴外宮内重孝の為した原告主張の不正行為によつて、その主張の損害を蒙つたことは、孰れも、被告が之を認めて争わないところである。

二、然るところ、原告は、右訴外人が右の様な所為に出たのは、被告が、同訴外人に対する組合長としての監督義務を怠つた結果によるものであるから、原告の蒙つた右損害は、結局、被告の任務懈怠に基因するものであり、従つて、被告は、原告に対し、右損害の賠償を為すべき義務がある旨を主張し、被告は、被告に組合長としての任務懈怠の事実のあることを争つて居るので、先づ被告に組合長としての任務懈怠の事実があるか否かについて、審按するに、

(イ)  (証拠―省略)によると、原告組合は、その定款第一九条第三項に於て、「組合長は組合の業務を統轄する」旨を、又、その内務規定第一〇条に於て、「組合長は組合の最高責任者として組合の事務を処理する」旨を、夫々、定めて居るので、組合長は、原告組合の内部に於ける業務執行の最高責任者として、その業務一般を統轄、執行する地位にある(権限がある)ものであると認めざるを得ないものであるから、(代表理事は、各自、業務執行権を有するけれども、内部規定を以て、その中の一人を、内部に於ける業務執行の最高責任者と定め、他の代表理事をその補佐者と定めることは、違法ではない、但し、対外的な効力はない)、組合長は、原告組合の業務執行についての内部に於ける最高責任者として、その業務の執行に関し、部下職員に対して指揮、命令を為す権限があると共に、部下職員がその職務(地位)を利用して為すことのあるべき横領等の不正行為を為すことのない様に、十分に、注意監督を為すべき義務を負うて居るものであるというべく、(組合長にこの義務のあることは、組合長が代表理事として、善良なる管理者の注意を以て、忠実に、その職務を行う義務があることと、職員が為すことのあるべき右の様な不正行為は、その監督者が、十分に、注意監督を為すことによつて、之を防止し得る蓋然性の多いことが、経験則に照して、認め得られることによつて、之を認め得るものである)、従つて、組合長が右義務を怠つたときは、組合長に任務の懈怠があると認め得るものであるというべく、

(ロ) 然るところ、前顕甲第一七号証によると、原告は、その定款第一九条第三項に於て、組合長に事故があるときは、他の代表理事に於て、組合長の職務を行う旨を定めて居ることが認められるところ、(各代表理事は、元々、業務執行権があるのであるから、この様な規定を置くことは、適法である)、この規定は、組合長に事故がある場合に於けるその職務代行に関する規定であると解されるから、組合長に事故があるときは、この規定によつて、他の代表理事に於て、当然に、その職務の代行を為すことになるものであると云うべく、而して、この職務代行が為された場合に於ては、組合長の負うて居るところの前記義務は、組合長の職務代行者が之を負うことになるものであると解すべきであるから、組合長に忠実義務に違反する等の特段の事情のない限り、組合長には、任務の懈怠はないことになるものであり、(従つて、この場合に於ては、組合長に任務の懈怠があるか否かは、組合長の職務代行者について決せられることになる)、

(ハ)  而して、被告本人の供述によると、被告は、原告組合の組合長に就任して以来、監督官庁その他に対する折衝、及び各種の会議の事務の処理に専念し、原告組合の日常の業務の執行には、全然関与したことのなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はなく、従つて、原告組合の日常の業務の執行は、他の代表理事に於て、組合長の職務を代行して居たものであると認める外はなく、

(ニ) 而して、被告が右の様な事務を処理するだけで、日常の業務の処理に関与しなかつたのは、以下に認定の事情があることによるものであることが認められる、即ち、成立に争のない甲第三号証と被告本人の供述と弁論の全趣旨とを綜合すると、被告は、昭和二九年六月二日、理事総員一四名中一三名(被告を含む)が出席(代表理事たる専務理事、常務理事も出席、但し、当時は、代表理事たる副組合長はなかつた)した理事会に於て、前任者訴外大越隆平の後任として、組合長たる代表理事に選任されたものであるが、被告は、自己の業務が多忙であつた為め、常時出勤して、原告組合の日常の業務を処理することは到底出来なかつたので、この旨を申出でて、就任の承諾を留保したところ、被告を除く出席理事の全員が、原告組合の信用回復の為め、是非、組合長に就任せられ度き旨懇請したので、日常の業務の処理を為さなくても良いのであれば、就任を承諾する旨答えたところ、右理事全員が、被告の右申出を承話し、右の点については、被告に責任を負わせない旨を申出たので、被告も就任を承諾し、同月、組合長に就任したこと、その為め、被告は、就任後、日常の業務の執行には全然関与せず、原告組合も亦被告を非常勤役員として取扱い、組合長としての給料の支給も為して居なかつたこと、そして、右の様な事情であつた為め、その後、副組合長たる代表理事が置かれるに至つたことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はなく、

(ホ) 右認定の事実によると、被告は、被告を、組合長に選任した際の理事会に於て、自己の業務多忙と云う恒常的事故がある為めに、組合長として、原告組合の日常の業務の処理が出来ない旨を申出て、代表理事たる専務理事及び常務理事を含む被告を除く他の出席理事全員の承話を受けたのであるから、原告組合の日常の業務の執行に対する他の代表理事による組合長の職務の恒常的代行について、右理事全員の承認を受けたものと云うべく、而して、この様な組合長の職務の恒常的代行は、前記認定の原告組合の内務規定に前記認定の代表理事による組合長の職務代行に関する規定があることと、法が代表理事に日常業務の執行権を認めて居ると解されることとによつて、適法、本効であると認めるのが相当であると云うべく、

尚、前顕甲第三号証によると、右選任が為された際の理事会の議事録には、右の様な承認の為されたことの記載のないことが認められるのであるが、法及び定款、並に内務規定の規定によると、右の様な事項は、理事会の決議事項でないことが認められるので、右承認は決議の形で為される必要はなく、従つて、又、それを議事録に記載する必要もないのであるから、右議事録に右承認の為されたことの記載がなくとも、右承認が為されなかつたことの証左とはなり得ないのであるから、右議事録に右記載のないことは、右認定を為す妨げとはならないものであり、

(ヘ) 而して、組合長は、自己の生活の根源であるところの自己の業務を放てきして、組合の日常の業務の執行を為さなければならないと云う様な義務はないと云い得るのであるから、自己の業務の多忙であることは、組合長としての日常の業務の執行を為す妨げとなる正当な事情となるものであると云うべく、従つて、被告には、組合長としての日常の業務の執行を為し得ないところの恒常的な正当の事故があつたものであると云うべく、而も、その様な事故のあることを秘して居ては、原告組合の日常の業務の執行に支障を生ずる虞があるのであるから、その就任に際し、その旨を申出て、被告を除く他の出席理事全員の承認を得たことは、忠実義務の履行として、正当な所為であつたと云うべく、従つて、被告には、組合長としての忠実義務に違反する等の事情は全くなかつたものと認定するのが相当であると云うべく、

(ト) 然る以上、被告には、組合長としての任務の懈怠はなかつたものであると断ぜざるを得ないものである。(故に、前記訴外人に対する監督について、不十分な点があつて、その点について、組合長としての任務の懈怠があつたとすれば、それは、組合長の職務代行者にあることになるのであるから、その責任は、当然に、その職務代行者が負わねばならぬことになるものである。)

三、而して、被告に組合長としての任務懈怠がない以上、それがあることを理由として為された原告の本訴請求が失当であることは、多言を要しないところである。

四、仍て、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の通り判決する。

千葉地方裁判所

裁判官 田 中 正 一

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